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第10話 真相解明

Author: いろは杏
last update Last Updated: 2025-11-06 19:00:00

「うおおおおおっ! あったぞーーー!! 本当にここにあった!!」

 天井裏から猛の歓喜が弾けた。高々と掲げられた『思索する猫』は、まぎれもなく今回の演習で捜し求められていた本物だ。

 美術室にいた全員――新入生、教官、そして容疑者役の上級生にいたるまで、吸い込まれるように息をのむ。驚愕はすぐ囁きへ変わった。

「なっ……換気ダクトだと!?」

「天井裏に隠すなんて……誰が考えつくんだ」

「というか、どうやってあそこまで……?」

 想定外の出所に現場は沸騰する。埃まみれになりながらも器用に降り立った猛は、注視の中心に立ち、得意げに胸を反らした。

 彼の胸中には、外で掴み損ねた手がかりを自分の手でここへ引き戻した、高鳴りがまっすぐ燃えている。隣では白河が小さく頷く。控えめな仕草だが、眼差しには確かな達成の光――「見えない線は、確かにそこにあった」という確信が灯っている。

 さらに、青野は口角だけで笑い、「ここからは僕の番だ」と思考を切り替えた。

「――皆さん、少々よろしいでしょうか?」

 ざわめきを裂くように青野が一歩前へ。通る声が自然に場を制した。彼は壁際に並ぶ容疑者役三名――小鳥遊、熊谷、姫川――に順々に視線を配り、全体へ向き直る。その瞳には揺るがぬ自信が浮かんでいた。

「我々チーム『ラストホープ』の見解を、ご説明します。まず犯行推定時刻は、彩吹先生の証言から九時五十分から十時までの十分間です」

 共有事項から丁寧に起点を置く。

「現場には、開いた窓と泥の付着があり、外部からの侵入および逃走を示す偽装工作が施されていました。しかしご覧のとおり、ここは二階。窓からの出入りは常人には困難です」

 彼は軽く目を細め、茶目っ気を一滴落とす。

「――我々のチームの赤星くんなら別ですが」

「おう!」と胸を張る猛だが、室内には苦笑が生じ、それが和らぎをつくる。

「となれば、犯人は内部――この十分間に美術室のドアから出入りした、小鳥遊先輩、熊谷先輩、姫川先輩のいずれかである可能性が高い」

 視線が再び三人へ返る。

「監視カメラと聴取の照合では、三名とも入退室時刻と滞在時間に大きな齟齬はありませんでした。問題は像の在不在の証言です。最初に入った小鳥遊先輩は『あった』。通過の熊谷先輩は『見ていない』。最後の姫川先輩は『なかったように思う』。――二つの断言は矛盾します。嘘か、あるいは誤認が混じっている」

 青野は室内の反応を一瞥する。多くが同意の頷き。彼の脳裏では、「ここから先はモノが語る段」と、レールを先へ延ばす。

「鍵は『像がどこへ消えたか』。窓からの搬出は非現実的。退出時に像や大型荷物を持った者もいない。ならばこの部屋のどこかに隠された――という説が最有力です」

 ここで青野は白河へ視線を送る。白河は小さく息を吸い、タブレットを差し出した。いまは言葉より、痕跡が雄弁だと知っている。

「結論から申し上げると、隠し場所は天井裏の換気ダクト――先ほど赤星くんが回収して証明しました。場所の特定は白河さんの観察によるものです。天井のスポットレール端の新しい擦過痕、壁高所の微小な新孔、換気ダクトの位置。三点を結ぶ導線が上を通す方法を示していました」

 拡大写真に、光沢の違いが細い線となって浮かぶ。

「さらに、方法については、証拠が補強します。赤星くんが外のダストボックスから偶然見つけてきた小型滑車とテグス――おそらく、犯人がトリックに使用し、証拠隠滅のために廃棄したものと考えられます」

 机上に置かれた金具と透明糸。もう少し発見が遅れていれば、ゴミの回収業者によって回収されていたであろう。赤星の偶然が冴え渡った形だった。

「像は約五キロ。小型滑車とテグスで二点支持にすれば、短時間で展示台から持ち上げ、天井沿いに移動してダクト前で停止できる。使用後の線材は強く引けば回収可能。――ただし、準備には時間が要る。天井器具に触れ、レール端と壁高所に仕込みをするには、事前にこの部屋で作業できる立場が必要です」

 その瞬間、小鳥遊の笑顔が、ごく薄くほどけた。熊谷と姫川の表情は変わらない。青野はその微差を見逃さない。ここが押しどころ――と判断する。

「小鳥遊先輩。あなたは美術部員で、昨日この部屋にいた。そして本日は『忘れ物のヘラを取りに来た』と九時五十二分に入室。二分間あれば、仕掛け済みの線材に像を掛けて引き上げ、窓を開けて泥を付ける偽装を添え、線材を回収して退室できる。使用済みの滑車とテグスは、人目を避けて外のダストボックスへ。運悪く、我々の暴走特急が回収前に見つけましたがね」

 青野の声音から笑みが消え、言葉は冷ややかに整う。室内に緊張が張り直される。神楽坂がわずかに眉を動かし、轟は腕を組んで黙したまま二歩後ろに体重を引く。

 視線が一点に集まる。長い沈黙――やがて小鳥遊は肩で笑い、ぱん、と手を打った。

「あはははは! まいったなー!」

 明るく、あけすけに笑う。その顔に滲むのは悔しさよりも、仕掛けを見抜かれた快哉。勝負を楽しむ目だ。

「まさか天井裏までバレるとはね! しかも捨てた滑車まで拾われるなんて! いやー、参った、参った! ――そこの無口な分析屋さん、観察眼は本物。あたしでも気づかない傷を拾うなんてね。で、そっちのパワー系! 本当に天井裏に行っちゃうし、飛び降りたついでにダストボックスまで漁るとは思わなかったよ!」

 白河は頬にわずかな紅を差し、しかし目は逸らさない。自分の観察が誰かの行動を動かした、その手触りが、胸の奥で温かい。

 一方の猛は「やっぱり俺の出番は最後に来る」と腹の底で得心する。

 そして、青野は――ここまでの糸が綺麗に結べたことに満足しつつ、まだ残る「動機」と「一人でも遂行可能かの細部」を後工程として頭の片隅に立てておく。

「――そこまで! 演習終了!」

 鬼瓦教官の一喝が、美術室の空気を一気に収束させた。

「ラストホープ! 見事な解決だ!」

 一拍の静寂。つづいて波のようなざわめき。驚嘆、称賛、唸り、さまざまな音が重なる。上位チームの何人かは素直に手を打ち、何人かは「次は負けない」と目の色を変える。

 落ちこぼれと見なされていた三人は、それぞれの個性――白河の観察、青野の設計、猛の到達力――を一本の線に結び、互いの弱点を覆い、最初の試練という壁を越えた。

 まだ道は続く――だが、この瞬間、彼らが『チーム』になったことだけは、室内にいた全員がはっきりと理解していた。

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